フィリピンのマニラにあるバクララン教会を訪れました。
ここには、日本軍が第二次世界大戦の時にフィリピンの女性たちを性奴隷、「慰安婦」にした歴史が壁面に刻まれています。
「慰安婦」にされた女性たちへの被害を忘れない、そしてもう二度とこのようなことを繰り返さないための女性像が建っていました。
像は2017年に設置されましたが、その数か月後に水道管工事の名目で取り外されました。その後、2019年に再建予定で、セレモニーも準備されていたのですが、除幕式の直前に、像がなくなってしまいました。像がどのような理由で、誰によって持ち去られたのかわかりませんが、日本政府への忖度や政治的な理由ではないかと考えることができます。
実際に他の場所に同じ像が設置された際にも、日本からの経済援助(という名の経済的な支配)のことなどを気にして、フィリピン政府が像の撤去に動いたり、「慰安婦」にされた女性たちを支援する団体に圧力をかけることが続いてきました。
バクララン教会では、像がなくなった今も、台座が残されています。
しかし、今回訪問したところ、この台座に貼られていた日本軍性奴隷制による被害に関する説明文がなくなり、この台座がなんのためのものなのかもわからなくなっていました。
一年前までは確実にあったものです。なぜ、いつ、撤去されたのか、わからず、被害者のご遺族も大変ショックを受けていました。
今回、日本軍に「慰安婦」にされ、被害に遭った女性の娘さんとお孫さんに、この場所を案内していただきました。
また、サンチャゴ要塞やその周辺の教会、チャイナタウンにある軍が接収していた建物など、日本軍が「慰安所」として使用していた複数の場所を訪れました。
「慰安所」にされた建物のそばで働く方は「戦時中に日本軍がここで何をしたのか、地元の大人たちはみんな知っている」と語っていましたが、フィリピンでも、日本軍による「慰安婦」加害の歴史を若い人たちは教わることがなく、知らない人が増えているそうです。
なかったことにせず、反省と再発防止のための教育が日本でも必要です。
被害者のロラ(おばあさん)たちや、ご家族がどのような苦しみを今も抱え、
日本の市民に何を求めているのか、お話を伺いました。
今もまだ、この問題は続いていること。
フィリピンの女性たちがエンターテイナーとして日本に送られ、全国各地で性接待をさせられている現実や、フィリピン・日本における少女性搾取の問題、現代の性暴力とのつながりについても、フィリピンで暮らすサバイバーの方々と交流し、問題意識を共有しました。
ぜひご覧ください。