コラム

pick up

女性人権センター

対談|第4回(前編)浜田敬子×仁藤夢乃「女性が立場を超え連帯するために」ーなぜ今、女性人権センターが必要なのか

SHARE

Colaboでは今、「女性人権センター」建設を目指してご寄付の呼びかけをしています。
この対談では、Colabo代表の仁藤が女性人権センター建設に賛同する「1000人委員会」のメンバーと対談し、「なぜ今、女性人権センターが必要なのか」をテーマに、性差別の現状を見つめます。

第四回目のゲストは、浜田敬子さんです。
浜田さんは、1989年に朝日新聞社に入社し、記者、週刊朝日の編集部を経て、AERAの編集長に就任されました。2017年からはBusiness Insider Japan統括編集長を務められ、現在はフリーランスのジャーナリストとして執筆や講演、テレビ出演などの幅広い活動をされています。

言葉だけでなく「実際の行動」で少女たちを支えるColaboの活動

仁藤:浜田さんは、女性の働き方や雇用問題、女性差別の問題を多く取材されてきたと思いますが、その中でColaboの活動はどのように見られていますか?

浜田:私が最初にColaboを知ったのは、歌舞伎町での活動、ピンクバスのことからでした。すごいと思ったのは、言葉で啓蒙するだけでなく、実際に現場で活動してるってことなんですよ。食べるものや生理用品を手に入れるために体を売ることを考えてしまうっていう現実に対して、その子たちがそうしなくても済むように泊まれるところを用意したり、まずはご飯を食べさせてあげたり、お洋服をあげたり、安心できる居場所を提供したり……言葉だけでなく実際に行動に移しているということに、すごく感動しました。

仁藤:私自身は10代の頃に家に帰れなかった時に、渋谷と歌舞伎町で過ごしていました。でも今は渋谷の街もかなりきれいになって、若者がたむろできるような空気がなくなってきました。だから最近は新宿の歌舞伎町の方に力を入れています。

浜田:私は渋谷でやっていた頃も覚えてますよ。センター街で女の子たちに声をかけている男たちがいて。あの時代に渋谷と新宿の2カ所でやってることがすごく印象的でした。

仁藤:ありがとうございます。最近では子どもたちの中でも性売買というのが当たり前の選択肢みたいになってきました。これはそういう状況に子どもたちを追いやっている、社会の責任だと思っています。12~14歳くらいの子が食べるものも住むところもなくて困っているのに児童相談所がちゃんと関わってくれなくて。大人への不信感を募らせて諦めた結果、路上に出てきているんです。そんなことが今もずっと続いていて、何とかしたいと思っています。

浜田:歌舞伎町のトー横や大阪のグリ下が、居場所のない女の子たちの「ここに行けばなんとかなる」「大人の男に声をかけられることでなんとか生き延びられる」っていう、目的地になっていますね。それが海外にまで知られているから、わざわざそれ目的で来る男がいるっていうことはかなり衝撃的でした。

仁藤:「北欧モデル」という売春者ではなく買春者が処罰される法律が導入されている国からも来ています。自分の国では買春できないからって、例えばスウェーデンやフランス、韓国から。昨日のバスカフェでは、外国人のおじさんに絡まれている女の子たちから助けを求められました。私がおじさんに対して「マジであんたあっち行ってくんない?本当にもう邪魔だから」って強気で言ったら、そのおじさんはオドオドびっくりしてましたよ。その街ではそんな風に誰かが間に入ってくることはないし、女の子を守る人もいないから。その子たちは「ありがとう」と言ってくれました。

普段は今の生活を変えたいと強く思えてなくても、何かあった時に助けてもらったり、守ってくれる大人に出会ったりすることで、「私にも性売買以外の選択肢があるかもしれない」と思えるようになると思うんです。

シェアハウスは単なる住まいではなく「生活の土台」を共に築く場所

浜田:経済的に困窮している子どもたちに学習支援をする団体はたくさんあるけど、若年女性に絞って活動していて、特に性搾取や性暴力から守る活動をしているのは私はColaboしか知りません。路上に出ざるを得ない女の子たちに住むところを提供しているのは本当にすごいことです。それでもColaboだけでやるのは限界があるし、東京に来られない子もいるので全国にそういうところが必要だと思います。

仁藤:資金面の難しさだけでなく、その子たちとの関わりを作ること自体が大変だから、こういった活動をできる人もやりたがる人も少ない。私たちが関わっている子は若いうちに困難に直面して、いろんな苦しみや傷つきを抱えているし、大人への不信感もあるから、まず関係を作ることから始めないといけないんです。

女の子たちは見返りを求めない大人との出会いが初めてだから戸惑うし、これまで大人の期待に応える自分を演じることで場をコントロールするコミュニケーションを身につけてきたから、関係を作るのが本当に大変。それから、その子とどうやって歩いていきたいと思っているのか、単なる仕事としてやっている人間じゃないか、どうやって社会を捉えているかっていう、自分のことも問われます。

あとは、だんだん自分が安心して暮らせる場所が手に入れられたって思った時に、体調を壊したり精神的に不安定になったりするのをみんな経験するんですよね。それまでは、自分が毎日「今日どこで何を食べて、どのおっさんに体を売って、どうやって寝床を確保しよう」って、そういうことに必死だったんです。でも自分の過去や未来を考える時間ができることで、同世代の幸せそうにしてる子たちと比べて辛くなって、その負の感情がこっちに向かってくることもある。そういう大変さもありますから。

浜田:そういった女の子たちは基本的に家庭でも虐待されていたり、ネグレクトされていたりするから、本当だったら親御さんから生活の中で教わるはずのマナーや掃除の仕方が分からないっていう話も衝撃的でした。

仁藤:シェアハウスに一緒に住んでいる子たちも、月に一回はミーティングをやって、みんなで掃除しようとするんです。でもお風呂掃除の時はみんな汚いことをしたくないから、自分の髪の毛が詰まってるのに私にさせようとするんですよ。(笑)ある時お風呂の中にクロックスが置いてあって「なんでこれ置いてあるの?」って言ったら、「だって水が流れなくて溜まってたから」って。

浜田:本来は親から「髪の毛が詰まったら自分で取りなさい」とか「そうしないと水が溜まるんだよ」とか、暮らしの中で教えられる。でも誰からもそういうことを教わらないで成長していっちゃうと、おそらくその子たちが大人になった時に、て誰かと生活することが、すごくハードルが高くなってしまうと思う。

シェアハウスってただ単に住めるだけじゃなくて、社会に出る前の一歩というか、誰かと共同で生活する時に必要なことや、それこそご飯を食べる時のマナーのようなことまで、生活全般について幅広く教えているんですよね。

仁藤:「こういうルールだから掃除しましょう」とか、「必ず自分が出た後は自分の髪の毛を取ろう」ということじゃなくて、やりながらその子たち自身も気づいていくんです。

仁藤:今、関わってきた若い女の子がお母さんになって、その子どもたちとも関わることがあるんですよ。みんな生活やお金に余裕がないし、大体一人で子育てをしているので、子ども連れて出かけることがなかなかできなくて。だから夏休みや冬休みになると一緒にお泊まりに行くんです。でも親たちも遊びたいんですよ。若いし、遊んできてないから。だからもう子どもを見ないで親だけでわーって行っちゃうし、ご飯食べる時もちゃんと見てないし、子どもたちは躾けられてないから座って食べれないのも当たり前なんです。最近はそういう小さい子どもたちに対する怒り方や関係性の作り方についても一緒に考えています。

浜田:子どもは本来、大人に見返りを求められるんじゃないかって考える必要はなくて、自由に自分の時間を使えるはずなんです。それなのにその子たちは、何かしてもらったら必ずお金や体を求められるとか、誰かから自分のためを思って叱られた経験もなく代わりに暴力を振るわれるとか、そういう経験を積み重ねてきている。

本来子どもが享受できるものを何も享受できてない人たちのために、食べ物や生理用品、住宅などを提供するだけでなく、、生活の仕方や生き方についても一緒に考える。それがColaboのすごいところですよね。

「自分たちが声を上げなかったせいで、被害を拡大させてしまったのではないか」

仁藤:今の女性差別の現状をどのように捉えていますか?

浜田:皆さんご存知の通り、日本は先進国の中でもジェンダー後進国です。私自身がこの問題を取材するようになったのは、この25年ぐらいですね。新聞社に入って最初の10年間はそういう意識は全くなかったけど、今になって思えば、ものすごい差別やハラスメントを受けていいました。新聞記者になりたいと思って入って、男性と同じように働いて、すごい長時間労働でしたね。

当時、私の年から女性の宿直勤務が始まって、週に一回ぐらい泊まり勤務がありました。男性記者とは別のベッドを物置においてもらって、「特別扱いをうけている」と申し訳なさを感じたこともありましたね。女性記者という存在自体がまだ一般的でなかったから、支局に電話がかかってきても記者だと思われないんですよね。読者から「記者の人と話がしたいんだけど」って言われた時に、「私も記者なんです」って言ったら「女の記者なんかに話せないよ」って言われたり。「自分の存在が世の中にないものとされている」っていうところから始まったんですね。

その時に嫌だと思うことや疑問に思うことはああったけど、それを言うと「めんどくさい存在だな」って思われるかもしれないと感じて、もっと言えばそもそも女性だから体力もなくてみんなに迷惑をかけているかもしれないと常に感じているので、これは我慢しなきゃいけないと思ってずっと黙っていたんです。

2年目になった時、男性の後輩が2人入ってきました。そのうちの一人の男性記者が僕はこんなにプライバシーもなくて自分の時間もないような職場は耐えられないって言ってやめたんです。その時、私は「自分(私)でも我慢したのにだらしがない」って思いました。つまり、システムの中に組み込まれて、最初は嫌だなと思ったことにも慣れていくんですね。ハラスメントもそうです。最初の10年間は、私はこれに耐えてこそ1人前の新聞記者になれると思っていたからそれに耐えたし、後輩の女性たちが入った時も、「少しの我慢だから。若いうちだけだから。」「ここを我慢したら楽だから」って言う方に気付いたら回っていたんです。

被害を受けた側が、ある時から加害に回るんだよね。自分の存在が「あの先輩は耐えたんだから私も耐えなきゃいけない」って、そういう風に思わせてしまった。これにはすぐに気づいたわけじゃありません。自分たちが当時声を上げてこなかったせいで、この被害をずっと続けさせて拡大させてしまったんじゃないかと気づくまでに、とても時間がかかりました。

仁藤:そうやって女性差別が深刻な社会の中で、気づかぬうちに「男化」することで身を守って生きてる人ってたくさんいると思うんです。自分の振る舞い方や、後輩に対する言動で、それと向き合うことはつらくなかったですか?

浜田:これまでもAERAでは女性の働き方の問題や、なかなか管理職になれないというキャリアの方は取材してきたんですよ。でも一番根幹にある性差別、人権の問題、差別の問題については、ちゃんと声に出せてませんでした。

私、2014年にAERAの編集長になったんですけど、それまでは編集長はずっと男性なわけですよ。フェミニズムやジェンダーに関する企画を出したら、嫌な顔をされる。私に限らずみんなそういう表情の変化、微妙な空気を汲み取るのが上手くなってくる。それでも働く女性のつらさを記事にするために、例えば少子化の問題にしたり、ダイバーシティや企業の競争力の話、つまり経済問題にすり替えたりして企画を通ししていました。「これは人権侵害であって」「性差別であって」と言った途端に「何だお前ら、面倒くさいな」という反応になるのは分かっていたので。一部の女性の先輩は頑張って言い続けてたけど私がいたAERAではどちらかというとそれを言ってしまったら全部ゼロになるなと思って、みんななんとか工夫しながらやってた。

でも、Business Insiderの時に腹が据わりました。私が一番上だから、誰にも遠慮することなくはっきり書けるなと思って。女性記者も半分くらいいたし、みんな苦しんできたから、「もう私たち言わないとダメだよね、忖度しないではっきり言おう」っていうのをやっとできた。その頃から私、そういうことをSNSでも言うようになったんだけど、男の人から「なんでこれまで言ってこなかったのに急に言うんだ」ってFacebookで言われて、その時には本当にカチンと来ました。その人は女性のキャリアについての本とか書いてる人だったけど、全然分かってないと思った。

今働いている女性は多かれ少なかれ、「私は女性として差別を受けたことがありません」って言ってる人でさえも差別を受けてきた現実があるんですよ。でもそれを封印していたり、気づかないふりをしたり、黙っていたり、なかには声を上げて戦っていいる人もいる。そこにはグラデーションがあって、言葉に出せる時期も人それぞれ違うわけですよ。私はあの時にやっと言えるようになって、遅いって自分でも思ってるけど、当時だと日本版の#MeToo運動もあったから、「ここから声を上げていこう」と思っていたんです。それを今さらって言われた時に、「お前に何が分かる!」って思いました。

仁藤:ちょうどその頃なんですが、2018年は私たちがバスカフェを始めたタイミングでもあります。性売買や性搾取の実態って、力を持つ立場にある人たちは全然関心を持ってくれなくて、自己責任に回収されるような議論ばかりなんですよねで。報道のあり方も身体を売る少女たちの道徳観が壊れているみたいな、そういうものばかりでした。ハイクラスの人たち、世の中で上手くいっているような人たちはこういう問題について何も分かってくれないし、見る気もないんだって感じてたんです。でも今のお話を伺って、そうやって生きていくしかなかった女性たちのことも理解できると思ったし、浜田さんたちと同じ時期に一緒に闘うことを決めて声を上げられたのがすごく嬉しいと感じました。

浜田:私がAERAの編集長の時にまずはみんなの環境を整えたいと思って、子育てしながらでも働きやすいような労働環境は整えたんです。でもハラスメントの問題までは、まだみんな相談してくれなくて。でも2018年の時にみんなやっと言い始めたんですね。必ずみんなどこかで、特に20代、30代のはじめくらいまでに被害を受けていて、でもその時は誰にも言えなかって言ってました。

仁藤:その経験というのは、私が出会っている性売買の中にいる女性たちの経験と重なると思います。その中にいたら自分がうまくやるしかないって思うし、逆に男とうまくやれてる自分を誇ろうと思ったり、うまくできない人を見下してみたり。それって、そうしないと生き延びられないからなんです。これは自分のためなんだって思うけど、一方で辛い気持ちや、嫌だと思うことは誰にも言えない。性売買の中にいる女性の気持ちなんて、世の中で上手くいっているように見えるハイクラスの人たちには分かんないだろうって思うことが今でもあるけど、今のお話を聞いたら分かり合えるかもしれないと思いました。

社会で分断されても、共通の痛みで連帯できる女性たち

浜田:学歴とか働いているか働いてないか、結婚しているかしてないか、子どもがいるかいないかで女性は分断されがちだけど、それでも女性として受けた傷や辛さはあるから、やっぱり根っこで繋がっていると思うんです。Colaboに相談に来る女の子たちも、自分で選択したと思っていてもその時は構造的な問題の中でそうせざるを得なかったわけじゃないですか。でも最終的に形だけ見たら自己責任だと言われるわけです。それが分かってるからみんな言えなくて、自分の意思で行ってしまったのではないかと思い込んでしまう。

仁藤:そういう現状を変えるためにはどうしたらいいと思っていますか?

浜田:私は少しずつでも、声を上げられる立場になった人が声を上げることだと思っています。みんなに声を上げようって言ってもなかなか難しいんだと思うんです。立場があったり、気持ちの整理もあったりするから。だから声を上げられる人の声を、私はメディアの人間として拾っていく。

少し前に私、大阪地検の元検事正から性暴力を受けた女性検事のインタビューをしたんです。検事で常日頃から性暴力被害に向き合っているプロの人ですら6年間被害について声を上げられなかったわけですよね。インタビューをする中でそれがとても象徴的だった。どういう立場の人であれ、バリバリ働いているような人でさえ、そういう苦しみを抱えてることがある。だからそれを声に出した時に、私はその言葉ををメディアの人間としてきちんとすくい上げたいんです。

浜田:メディアの世界もジェンダーギャップが大きくて、ニュースの決定権ってまだまだ男性が多いんですよね。女性管理職を増やさなきゃいけないのは、意思決定者の女性がいないと、そういう問題を取り上げてくれないからです。ニュースで何を報じるかという決定権者に女性が増えるのはすごく大事だと思います。

仁藤:メディアやいろんな企業もそうだし、NPOもまだまだ男社会です。だから市民運動の現場でも本当はそこでいろんな目に遭ってて、その怒りや傷つきを共有したい。でもそれを話せる人が身近にいないという女性たちも多くて。女性人権センターができたら、そういう女たちの痛みの分かち合いや怒りの共有をして、変えていくための力にできるような、そういうつながりが生まれる場所にしたいと思っています。

(後編)「男性の新しい生き方の必要性―自身の加害性と向き合い、性売買の本質を考える」に続く

「女性人権センター」建設プロジェクト 寄付キャンペーン第二回実施中!

社会からの攻撃・妨害に屈しないための女性運動の拠点「女性人権センター」を建設します。
2030年の完成を目指し、現在寄付キャンペーンをおこなっています。「女性人権センター」設立に力を貸してください

詳しく見る

SUPPORT

共に声を上げ、
社会を変える

仲間になりませんか

少女たちを追い詰める社会構造を変えるため、共に声を上げ、共に闘う仲間を募集しています。