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【発言録】緊急院内集会「売春防止法の見直しで、何が見落とされているのか」

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こちらは2026年9月3日に開催された【緊急院内集会】売春防止法の見直しで、何が見落とされているのか――日本の性売買の実態から考える、人権と支援・法のあり方」での発言をテキストにまとめたものです。ぜひご一読いただき、周囲の方にもこの問題について伝えていただければと思います。


▼動画でご覧になりたい方はこちらから
https://youtu.be/WTIfbEN8PYQ?si=g3dP0XbLAFr3_6z4

■ 趣旨
法務省「売買春に係る規制の在り方検討会」では、性を買う側の責任や、売る側への支援、売春防止法5条の見直しなどが検討されてきました。一方、取りまとめ報告書案では、性を売る側を処罰する仕組みそのものは残されています。

処罰の可能性があるなかで、当事者は安心して被害を訴え、支援を求めることができるのでしょうか。
日本の性売買の現場で何が起きているのか。誰の人権が守られるべきなのか。必要な支援とは何か。
支援現場・法律・性売買経験当事者・女性の人権、それぞれの立場から、売春防止法見直しの「盲点」と、必要な法制度について考えます。


■登壇・内容
「若年女性支援の現場から考える、処罰と支援」
 仁藤 夢乃(一般社団法人Colabo 代表理事/明治学院大学国際平和研究所研究員) 

「法的な問題と必要な制度転換」
 角田 由紀子(一般社団法人Colabo 理事/弁護士)

「当事者から見た性売買の実態と、法改正に求めること」
 性売買経験当事者ネットワーク灯火

 「性を買うことを容認してきた社会をどう変えるのか」
  田中 優子(一般社団法人Colabo 理事/法政大学元総長)

■配布資料
1.『取りまとめ報告書(案)に対する意見――「売る側を処罰しながら、事情を考慮して支援する」仕組みでは、性売買の状況にある女性たちは被害を訴えることも、支援につながることも困難』(一般社団法人Colabo

2.韓国性売買被害女性支援制度の全体図(仁藤夢乃)

3.法的な問題と必要な制度転換(弁護士・角田由紀子)

4.売春防止法の保護法益について(弁護士・角田由紀子

5.取りまとめ報告書(案)に対する意見書(性売買経験当事者ネットワーク灯火)

■登壇者の言葉

仁藤夢乃(一般社団法人Colabo 代表理事)

今日はたくさんの方にお集まりいただき、ありがとうございます。今回、会場参加のお申し込みが100名以上、そしてオンラインでの後日配信に300名ほどの方がお申し込みくださいまして、市民の方の関心の高まりを感じています。一方で、今回の売春防止法の見直しについて、社会で十分に知られ、議論されているかというと、そうではないと感じています。

 

法務省の「売買春に係る規制の在り方検討会」は、非公開で行われています。私たちも検討会で何が話し合われたのか、会議が終わったあと、いつ公開されるのかもわからない議事録が法務省のホームページに掲載されて、初めて議論の中身を知るという状態が続いています。

 

今回、与野党の国会議員のみなさんのところを回って検討会の議論に足りない視点についてお話ししてきましたが、検討会で既に取りまとめ報告書案が示されていることや、検討会が非公開で行われていることを知らなかったという方も少なくありませんでした。

 

まもなく検討会は報告書をとりまとめ、秋の臨時国会への改正案提出も報じられています。そこで、今どのような議論が行われ、何が取りまとめられようとしているのかを広く知ってもらい、性売買を経験した当事者や支援現場の声も含めて、社会で議論する必要があると考え、今日の勉強会を開催しました。

 

Colaboは、虐待や性暴力、貧困などさまざまな困難を抱える少女や若い女性を支える活動を行い、歌舞伎町などでアウトリーチ活動も続けています。私たちが日々出会っているのは、家に居場所がない、虐待や性暴力を受けてきた、学校に行けなくなった、仕事を続けられない、安全に暮らせる場所がない、今日食べるものや泊まる場所にも困っている、そうした状況の中で性売買につながっている少女や女性たちです。

 

今回、法務省の検討会で、性を買う側の責任や、売る側への支援、売春防止法5条の見直しなどが議論されたこと自体は、とても重要なことだと思っています。しかし、取りまとめ報告書案を見ると、私は、今回の見直しで最も問われなければならないはずのことが、置き去りにされていると感じています。それは、性売買をめぐって、誰に責任を負わせ、誰の何を守る法律にするのかということです。

 

取りまとめ報告書案では、売る側を処罰する売春防止法5条は維持することが適当とされました。一方で、買う側については路上での勧誘等を規制する方向が示されているものの、買春そのものを需要側の責任として処罰する方向には至っていません。

 

さらに、法律の目的についても、現在の「性道徳」や「社会の善良な風俗」を中心とする考え方ではなく、「人としての尊厳」を中心に据えるべきだという意見が出された一方、現在の目的規定を改めることには慎重な検討が必要だと整理されています。

 

つまり、売る女性を処罰するという基本構造を残したまま、困難な事情のある女性については、刑事司法の過程でその事情を考慮し、必要に応じて支援につなぐという方向です。

 

私は、ここに今回の取りまとめ案の大きな問題があると思っています。

 

現在の売春防止法5条では、公衆の目に触れるような方法で売春の相手方を勧誘したり、客待ちをしたりすることが処罰の対象になっています。歌舞伎町でも、路上で客待ちをしている女性たちが摘発されています。

 

売る側への処罰を残す理由としては、「自らの意思で性を売っている女性もいる」ことがあげられています。そのうえで、困難な背景がある女性については福祉につなげると議論されています。しかし、誰が「支援が必要な女性」で、誰が「自発的に売っている女性」なのでしょうか。性売買のなかにいる女性たちの経験は、そんなに簡単に分けられるものではありません。

 

検討会では、性売買を女性の自発的な選択や労働として捉え、性売買という選択肢を奪うべきではないという立場の団体からもヒアリングが行われました。しかし、その発言の中で語られていたのも、たとえばシングルマザーなど、現在の福祉や社会保障では生活を十分に支えられず、性売買によって生活を成り立たせている女性たちがいる、という現実でした。

 

そこから導き出されるのは「自発的に性を売る女性もいるから処罰が必要だ」ということではないはずです。問わなければならないのは、なぜ性を売らなければ生活できないのか、なぜ福祉や社会保障がその人の生活を支えられていないのか、ということです。

 

性を売ることを「本人の選択」と言って、性を売らなければ生きられない社会状況をそのままにする。その一方で、今度は「自発的に売る人もいる」ことを理由に、その女性を処罰する。これはあまりにも矛盾しています。

 

性を売らなくても、住む場所があり、食べることができ、子どもを育てることができ、教育を受け、働き、生活していける。その条件を保障することこそ国の責任です。

 

今回の取りまとめ報告書案では、売る側への処罰を残す一方で、困難を抱える女性については、警察などが事情を把握して支援機関につなぐことが重要だとされています。

しかし、支援が必要な女性を、なぜ一度処罰の対象にしてから支援につなげなければならないのでしょうか。

 

ヒアリングでは厚労省からも、性売買が主訴として相談に現れることは多くなく、生活困窮や住まいの相談の背景に、性売買や性暴力の経験があることが説明されています。女性たちが性売買の経験や、性売買から抜け出したいことを行政に相談できないのは、性売買の経験が処罰や非難の対象になるからです。

 

検討会では、警察や検察の実務の立場から、現在の売春防止法でも、5条の勧誘等罪で逮捕された女性について、事情を考慮して不起訴にし、処罰せず、支援につなぐ運用がなされていることも述べられました。実際に、今も5条で検挙された女性の多くが不起訴となっているのですが、それが売る側処罰を残す理由として語られています。

しかし、そのほとんどが不起訴になっているならなおさら、女性の処罰を残す必要があるのでしょうか。そして、「支援につなぐ」といっても、実際には性売買から抜け出せるだけの具体的な支援がない状況なので、女性たちは性売買に戻るしかなく、実効性のないものとなっています。

 

そこで、検討会で持ち出されているのが2024年に施行された困難な問題を抱える女性への支援に関する法律です。売春防止法が女性を処罰し、その後で女性支援法の支援につなぐということが議論されています。しかしこれは、女性支援法が目指してきた方向とも矛盾しています。

 

女性支援法の制定には厚労省の検討会の委員として私も関わりましたが、女性支援法は、旧売春防止法の下で女性を「保護更生」の対象としてきた婦人保護事業を抜本的に見直し、女性を権利の主体として位置づけ、その福祉の増進と人権の尊重を基本として支援するために制定されました。

 

その背景には、売春防止法の下で、女性を処罰の対象としながら同時に「保護更生」の対象とする制度では、女性の人権を中心とした支援を行うことができないという長年にわたる批判と支援現場からの問題提起がありました。それにもかかわらず、今回、売春防止法5条による処罰を維持したまま、その刑事司法の過程で支援の必要性を把握し、女性支援法による支援につなぐという制度を構想するのであれば、かつて一つの売春防止法の中に存在した「処罰」と「保護更生」の関係を、売春防止法と女性支援法という二つの法律によって再構築することになってしまいます。同じ女性を、一方では犯罪者として扱い、一方では支援対象として扱う仕組みを残す必要があるのでしょうか。

 

女性支援法が存在することは、売る側への処罰を維持してよい理由にはならず、むしろ、女性支援法が女性を「保護更生されるべき者」ではなく権利の主体として位置づけたのであれば、売春防止法についてもその理念と整合するよう、売る側を処罰対象から外す必要があります。そして、性売買によって受ける特有の被害に対応し、性売買から離れたい人が実際に離れて生活していけるだけの専門的な支援をつくる必要があります。

 

スウェーデンをはじめとする北欧やフランスでは、性を売る側ではなく、買う側に責任を負わせる法制度への転換がすでに行われています。また韓国でも、性売買を個人の問題ではなく、構造の問題として捉え、性売買から離れるための支援が国の責任として行われています。日本でも、今回の法改正を、路上の客待ちをどう取り締まるかという問題だけで終わらせてはいけません。

 

これは韓国の性売買経験女性への支援制度です。

韓国では、性売買被害に対応する専門的な支援機関が全国に約90か所あり、公費で運営されています。相談所やシェルター、自活支援センターがあり、相談や一時保護だけでなく、性売買から離れた後の生活再建まで支える仕組みがあります。自活支援センターでは、最長4年間、月15万円ほどの収入を得ながら活動し、生活を立て直し、教育や就労に向けたすることができます。専門学校などへの進学の際の学費の援助も行われています。

日本でも「支援につなぐ」と言うのであれば、一般的な女性支援につなぐだけではなく、性売買特有の被害に対応する専門的な支援と、性売買をしなくても生活できるところまで支える仕組みを、公的な制度としてつくる必要があります。

 

また売春防止法の見直しにおいて、風俗店の営業への影響も、買春処罰に消極的な理由として検討会では重視されています。路上での客待ちや勧誘等を取り締まりながら、性風俗店に入った途端に合法的な「産業」として扱い、そこで女性たちに何が起きているのかを十分に検討しないことには、大きな矛盾があります。

 

実際に私たちが出会う女性たちは、路上と性風俗店の間を行き来しています。路上での摘発を恐れている女性に、「路上では捕まる」などと声をかけ、性風俗店へ勧誘する業者もいます。路上から女性がいなくなって風俗店に移ったとしても、それは性売買から離れられたということではありません。店に入れば、今度は業者が女性の性売買から利益を得ることになります。むしろ、風俗店に移れば業者による管理や利益取得の下に置かれ、売上の一部を業者に取られることで、同じ収入を得るためにより多くの性売買を行わざるを得なくなります。

 

検討会では、買春処罰に反対する性風俗店の顧問弁護士が、買春処罰の導入により客が委縮したり、性風俗そのものが違法化されたりすれば、2兆~5兆円もの経済的打撃が生じると主張し、「215万人の女性が職を失う」と訴えました。それほど多くの女性が性を買われる状況に置かれていることこそが問題です。

 

「売春」の定義を膣性交以外の性交類似行為に広げることについても、性風俗産業への影響が議論されています。しかし、出発点にすべきなのは、そこで性を買われている人たちに何が起きているのかということです。

 

路上の性売買は売春防止法、性風俗店は風営法と切り離すのではなく、誰が女性を性売買へ送り込んでいるのか、誰が性を買っているのか、誰がそこから利益を得ているのかという一つの構造として考える必要があります。

 

また、今回の検討会には、女性支援や性売買の現場を専門とし、そこで起きている被害や支援の実態を議論に反映する委員がいません。ヒアリングで一度意見を聞くことと、委員として議論に参加し、取りまとめの方向を決めていくことは違います。だからこそ、今回の議論で、誰の立場から何が問題とされ、逆に誰の経験や被害が十分に議論されていないのかということも考える必要があると思っています。

 

私たちが求めているのは、これまで売る女性を処罰してきたのだから、今度は買う男性も同じように処罰すれば公平だ、という「両成敗」ではありません。支援が必要な女性を、まず犯罪者にしてから支援につなぐ必要はありません。処罰されないことこそが、被害を訴え、支援につながるための入口です。

 

なぜ女性には性を売らずに生活するという実質的な選択肢が保障されていないのか。そして、「自発的に売った女性」と「支援すべき被害者」を選別する制度ではなく、誰もが性を売らなくても生きていける社会をどうつくるのか。そのために、誰に責任を負わせ、誰の何を守る法律にするのかを考える必要があります。

角田由紀子(一般社団法人Colabo 理事 / 弁護士)

今回の検討会の委員の名簿を見ただけで「これはダメだ」と思いました。法務省の求めるような結論を出さないような人(女性の権利に関係のある人など)は最初から入っていません。

 

議事録を読んで感じたことは、現場の実態を知らずに議論されているということです。性売買の本質が女性に対する暴力であることが全然伝わっていません。性売買の核心は、それが売買の形をとりながら、だから見える暴力は振るわれないが、売る女性に対する買う男性の苛烈な暴力であるという本質であるわけなのです。

 

今回の結論になりそうなのは「買春者処罰はしない」という結論です。メディアは5条の対象に買春者が加えられるらしいことを「買春者も処罰」と1面トップで大きく報じ、私も騙されそうになりましたが、5条の対象に買春者が加えられただけのことです。結果的には買春者は痛くも痒くもないでしょう。

 

本体の3条に関する買春者処罰は「まだ国民の賛成が熟してない」などとして見送られるようです。大山鳴動して鼠も出てこなかったか、あるいはそもそも大山は鳴動もしていなかったか。

 

売防法制定から70年が経ちました。制定時、最も激しく議論が交わされたのが、「売買春」処罰です。記録によればその時は、「売春行為それ自体に反社会性を認め、これを禁止することを宣明するにとどめ、刑事処分の対象とはしないこととし、将来の検討課題として持ち越した」とあります。70年経って性交類似行為の衣を被った売春は日常的な出来事としてすっかり生活の中に溶け込んでしまいました。

 

ちなみに、当時性交類似行為とされたのは同性者間の行為であり、数は少ないとされました。しかし、現在は性交類似行為はあふれかえっています。持ち越されたはずの現代の人々は、あまりにも広がったので、処罰対象から外すと判断したらしい。人権侵害行為もそこら中に拡散すれば、問題が薄まって見えないということでしょうか。

 

「取りまとめ報告書案」によれば、「妊娠・出産の危険や負担といった人の生命・身体に関わる問題を伴う性交のみを「売春」の対象として規制することには合理性がある」として、性交以外の性的な行為を「売春」の対象とすることについては、慎重な検討が必要であるとの意見が大勢でした。再び、買春そのものは非処罰となります。

 

現行売防法の制定時の議論から明らかなように、「売る行為」「売る女性」は、まずもって道徳的非難の対象、「悪」としてくくられて処罰当然となりました。当時「当たり前」と考えられていた女性の生き方(一夫一婦制の法律婚の妻としての生き方)から外れていたからです。

 

さらに言えば、既婚者が買春客の場合、貞淑な妻から見れば売春婦は妻とセットになっている夫を誘惑する否定されるべき存在でした。 制定当時は、今のような性売買は暴力とみる考えは恐らく誰ももっていなかったでしょう。現在の到達点である「売る現場は暴力にさらされている」ことを前提としての買春者処罰論は、女性の人権に対する意識が高まった結果ですが、その理解は委員たちには共有されませんでした。

 

今回の検討会でも「買う」行為が暴力と認識されることはありませんでした。検討会での議論は以下の通りです。

〇「売る」行為はセックスワーク派の人々のいうように自発的であり性的自己決定権の行使である。

〇売る女性と買春客は、対等な存在である。売買は、民法も対等な2者間の行為として考えている。

〇性売買は、従って、対等な「個人間の」「プライベート」な行為であり、権力の介入を許してはならない。介入は自由への弾圧である。

 

確かに、警察権力の介入などあってはならないプライベートなセックスはあります。しかし、性売買がプライベートなセックスと同じ性質を持っているなら、なぜお金のやり取りがあるのでしょうか。性売買では性行為が売り買いされているからです。 女性が売り渡したものは、性行為への同意であり、買春者に全面降伏するという意思と行動です。しかし、「同意」は同意の形をとっていただけかもしれません。力関係の異なる、つまり権力勾配のある二者の間には、そもそも「同意」は成立しないと考えるべきです。金という絶大な力を行使して、性行為への同意を求め屈服させることは、人への支配、つまり暴力というほかありません。

 

なぜ、「人の意思」を金で買うことが許されるのか。高度に発展した資本主義社会と言えども、あらゆるものが金で売り買いすることが許されるわけではありません。 

 

例えば、「臓器移植法」は、臓器の売買をはっきりと禁止しています。同法11条にはこうある。1項:「何人も、移植術に使用されるための臓器を提供すること若しくは提供したことの対価として財産上の利益の供与を受け、又はその要求若しくは約束をしてはならない。2項:「何人も、移植術に使用されるための臓器の提供を受けること若しくは受けたことの対価として財産上の利益を供与し、又はその申し込み若しくは約束をしてはならない。」

 

なぜ、臓器をお金で売り買いすることを禁止するのか。他に売るものがないので、生きてゆくために臓器を売りたいと希望しても、それは法が許しません。人間の尊厳を売り買いすることになるので、禁止しているのです。人身取引が禁止されているのも同じ理由です。

 

性行為に関する人間の意思も人間の尊厳の一部であるから、売買の対象にしてはいけないと約束しようというのが、性売買を認めない思想です。性を売らなければ生きていけないのであれば、まず、「社会保障その他の手段で政治が解決すべきである」という意思に基づく合意が、この思想を支えています。性を売るかどうかは自己決定権の話ではありません。それがどのような社会をもたらすのか。自分がよければ何でもして良いのか。そうすることが人間の尊厳に反しないかという関門を通らねばならないのです。

 

制限されるべきものは、売防法上の「売春」に限られません。検討会では、禁止対象に性交類似行為を入れることを否定しました。これも実態を全く見ようとしない態度です。「売春」と「性交類似行為」は一つながりのものであることは事実が教えています。興味深いことに、売防法ができる前にあった地方自治体の売春禁止条例では多くの自治体が性交類似行為を禁止していました。売防法ができたのでこれの条例は失効してしまいました。当時の性交類似行為は今のように内容豊富なものではなかったので、失効させても問題はないと考えられたのです。

 

売る女性は結局5条の処罰対象のままです。5条は女性を保護の対象とするところに本意があり、処罰は保護への入口と理屈に合わないことが制定以来言われ続けれてきました。「女性支援法」は女性の保護のための法です。その法の適用のために、なぜ女性を今後も一旦は処罰する必要があるのか、説明ができません。買春者を対象に加えることは一定の進歩ですが、その裏で5条の問題点がうやむやにされてしまいました。

 

売防法は、今回議題になった論点だけではなく、すべて見直すべきものです。現行の売防法の改正という手法ではなく、性売買を廃止し、性の売り買いをしなくても人々が(主に女性)が安心して生活できる社会に向けた法を初めとする制度構築が目指されるべきなのです。性交類似行為や売春は、人が生きるために依拠する方法でも仕事でもないことを明確にしなければなりません。暴力による支配を耐え忍ばねば女性が生きられない社会は不正義の社会であることを明確にしなければならないと思っております。

 

性売買経験当事者ネットワーク灯火

私たちは性風俗産業で買われた経験を持つ当事者の団体、性売買経験当事者ネットワークです。今日は当事者から見た性売買の実態と法改正に求めることをお話しします。 性売買を生み出している構造に法律が、そしてこの社会がどう向き合うべきか改めて考えていただくきっかけになればと思います。

 

まず皆さんに考えていただきたいことがあります。 私たちのメンバーは性を売ったことがあります。そんな私たちのうち誰を自発的だとして罰し、誰を支援が必要な人として救うのでしょうか。本当にその線引きができるでしょうか。 多くの人は誰かに物理的に監禁されていたわけではありません。もし警察に捕まったら自らの意思で体を売ったと判断される人が少なからずいると思います。 

 

私たちの背景には子供の頃からの虐待、貧困、発達障害、知的障害、精神障害、性暴力被害によるトラウマ、教育を受ける機会の逸失、仕事がない、安全に住むところがないといった困難があります。 しかし私たちが、自分がなぜ性売買に追い込まれたのか、こうした背景を含めて説明できるようになるには長い時間がかかりました。なぜなら性売買にたどり着くまでに、私たちを支援するべきだった大人と行政に何度も裏切られ切り捨てられ、人生の困難すべてを自分のせいだと思わされてきたからです。 

 

検討会の議事録と報告書案を読んで、これは誰のための議論なんだろうかと思いました。報告書案では、自らの意思で売ることなどを理由に、性を売る側の勧誘等を処罰する現行法5条を維持する方向を示しています。その一方で、性を買う行為の処罰には成人の同意に公権力が介入すべきではないとして慎重です。 同じ自発性が、買う側を処罰しない理由に使われ、売る側を処罰する理由に使われています。 これは誰の自由を守り、誰に責任を負わせる制度なのでしょうか。結局何も変えないための議論になっていませんか。

 

そもそも「売買春」という言葉は、性購買者の立場を反映したものです。 買う側にとっては一時の快楽やストレス発散で、春のように温かく気持ちよく感じられるのでしょう。お金を払って欲望を満たし、その後は元の日常へ、仕事や家族のある生活に戻れます。 一方、買われる側は生活のために体を差し出し、望まない人との望まない性的行為、痛みや恐怖に耐え続けます。 

 

無理やり挿入され、射精されたり、殴られたり、首を絞められることは日常飯事です。密室でこのまま殺されるのかもしれないと思うこともあります。店でも排泄物を食べさせるなど異常的な行為がサービスとしてメニュー化されています。 心も体もボロボロになり、行為が終わっても被害は日常に残り続けます。体調不良が常態化し、普通の生活は遠ざかっていきます。 「売買春」という言葉を使い、売る側の苦痛を「春」という言葉で覆い隠す人は、無意識でも買う側に立っていることをまず自覚してください。性売買は対等な取引ではありません。お金を持つ人の性欲や支配欲を満たすために生身の人間から人格を剥奪し、虐待する行為です。 

 

性売買において売る側になることは、抱えきれない負担を押し付けられることです。 私たちは生き延びるために性売買を選びました。しかし実際は選択肢などはありませんでした。みんな人生において様々な困難があり、支援を受ける権利があったはずなのに、そこからこぼれ落ち続け性売買に追い込まれました。

 

私たち灯火のうち、ある人は虐待から逃れ住む場所を求めて14歳で寮のある性売買店に入りました。 ある人は貧困状態にある家庭で育ち、学費を稼ぐために性売買を始めました。 ある人は非正規雇用で収入が少なく、生活のために性売買を始めました。 ある人は虐待と性暴力被害によるPTSDの影響で失業し、性売買に入りました。 性売買をやめるために資格を取ろうとしても、その学費を得るためにさらに性売買を続けなければならなかったという人もいます。そこでさらに心身の被害を受けました。 知的障害や発達障害を持ち、行政や支援者に対して自分のことをうまく説明できなかった人も多いです。

 

そして性売買を離れれば被害が終わるわけではありません。今も私たちの苦しみは続いています。 性売買には共通する構造があります。まず買われる側は虐待、貧困、障害、教育や就労からの排除、性暴力被害、孤立といった困難があり、脆弱な立場にいます。本来は福祉的支援を受けるべき状況ですが、必要な支援が届かず、そこに性購買者や業者が近づき、懐柔や脅迫によって人を性売買へ取り込みます。性売買に入ると、売る側は継続的な性搾取や暴力にさらされ、精神的に支配されます。社会的な偏見の影響もあることから、性売買関係以外の人とのつながりが失われていきます。

 

そして国がいわゆる売春を発見し、自発的だったかを審査し、処罰するか放っておくか支援するかを選びます。適切な支援につながることは滅多になく、性売買に戻るしかないケースがほとんどです。 これが私たちが繰り返し経験してきた構造です。 問題は性を売る個人の選択ではなく、この流れを生み出し維持している社会の側にあります。

 

だからこそ、まず法律が何を守るのかを変えてください。当初国会で話されていたように、売春防止法の保護法益を見直し、人権を守る法制度にしてください。 報告書案には性道徳、善良な風俗、公衆への迷惑という考え方が繰り返し現れます。しかし、法律が第一に守るべきものは性売買を目にする周囲の人の快適さではないはずです。まず守るべきは、性を買われる人の生命、身体、安全、そして尊厳です。

 

新たな法律では人の尊厳、身体の安全、性的搾取からの自由、ジェンダー平等を中心的な保護法益にしてください。そして、性を買われる側の位置づけを取り締まりの対象ではなく、権利を保障される主体へ転換してください。

 

その上で私たちは新たな法制度に6つのことを求めます。前半3つは、責任の所在を性を売る側から、性売買の需要を作る買春者と利益を得る側へと戻すためのものです。後半の3つは、性売買を経験した人が性売買をせずに生き直す権利を保障するためのものです。

 
1. 売る側の完全非処罰化

性を売ったことや客を待ち勧誘したことを含め、性を買われる側を完全に秘処罰 使わせることを求めます。
自発的強制されたかを警察や行政が選別しないでください。

  • 2. 性購買者の責任追及

需要を生み出す性購買者の責任を 明確にしてください。
性購買の勧誘だけでなく性を買う行為そのものを実効性のある 規制と処罰の対象にしてください。

  • 3. 利益を得る第三者の規制

店舗、スカウト、オンライン広告 などを通して他者の性売買から利益を得るものを規制し、その収益を没収追徴して支援へ当ててください。
業者の経済的な恩恵をなくさなければ性の市場は拡大していきます。

  • 4. 脱性売買支援(住居や就労)

脱売支援を恩恵ではなく権利として制度化してください。
安全な住居、医療、トラウマケア、借金の整理、教育を受けるための学費、就労支援、法律相談を保障してください。

  • 5. スティグマと二次被害の防止

性売買経験を理由とするスティグマと二次被害を防いでください。
現行制度は性を買われる側を「風紀を乱すものや取り締まりの対象と見なして相談や 支援を求めにくくしています。
警察、司法、行政、福祉、医療、教育、雇用等の各期間を当事者を排除する場から権利を保障する場へ転換するため必要な制度整備と研修を徹底してください。

  • 6. 当事者参画と継続的実態調査
現在性売買の状況にある人、性売買を離れた人、離れたい人といった当事者を政策形成に参加させてください。
性売買に至る背景や暴力、健康被害、離脱の難しさ、性購買者の実態、取り締まりの 影響などを国の責任で継続的に調査し、実効性のある制度作りに反映してください 。


以上を実現し、誰もが性売買をせずに生きられる社会を目指すことを求めます。

性売買をしてもキャリアも人間関係も積み上がらず、心身の傷だけが深まっていきます。なぜこんなことを社会に必要な行いとして許容するのでしょうか。私たちにも安全な家で眠る権利があります。受けられなかった教育を受け、暴力のない職場で働き、人と信頼関係を築き、性を売らずに生きる権利があります。人の尊厳を踏みにじる性売買を、人の困窮を利益にする場をビジネスとすることをどうか許さないでください。

追い詰められ、性を買われ、傷つけられてきた人を「自発的だったか」で選別し、罰する法律にしないでください。 私たちに必要なのは、「本当に自発的だったのか」と審査されることではありません。もう性を売らなくていい、体を売らなくていいと社会から保障されることです。 人の体そのものをこの社会の最後のセーフティーネットにしないでください。誰もが性を売らずに生きられる権利を保障する法律を、社会をつくってください。

田中優子(一般社団法人Colabo 理事 / 法政大学元総長)

「性を買うことを容認してきた社会」というのは、一つは、法律によって誰が犯罪者であるということがわかるわけですから、法律を変えることはできますが、逆に、そのような法律ができていく、実現されていくには、社会が変わらなければなりません。ですから、どちらにしても、社会の価値観が変わらなければならないのですが、なぜこんなに難しいのでしょうか。

 

一つには、売買春には長い歴史があって、文献上、確認できるだけでも九百年の歴史があります。もうその頃から業者もいます。ですから、遊女がひとりで自主的に商売するなんていうことは、実はできないんですね。必ず業者がいます。当初から、業者が政治家と結託して、このような商売をしてきたということがよくわかります。

 

これが江戸時代になりますと、遊郭っていうものができますね。巨大遊郭が日本中にできます。先ほど、韓国の事例をお話ししてくださいましたが、韓国の性売買は日本が輸出したものです。遊郭が植民地時代に韓国に行っているわけです。そのように世界に影響を与えてきた遊郭なんですが、これ、公娼制度と言いますけれども、これが非常に世界的に批判されたことがあります。

 

1872年、明治5年に、マリア・ルス号事件が起こります。詳細は長くなるので省きますけれども、この時に明治政府が何をしたかというと、すぐに芸娼妓解放令を出します。そして、一斉の解放と身代金の即時廃止を命じます。身代金って何のことか。遊女は何のために働いているのかというと、お金を得るためではありません。借金を返すためです。その借金は、家族のためにした借金で、自分の借金ではありません。この背景には貧しさがあるんです。

 

何百年も続いてきた公娼制度がここで終わった「かのように」見えました。ところが、業者が何をしたのかというと、次の年に貸座敷制度を作りました。貸座敷というのは、遊女が自分で経営する形を取るんです。自己責任であるとか、自主的に売ってますっていう、今でも言うことは、このように業者と政府によって意図的に作られたことなんですね。本当に自主的にやっているんじゃなくて、自主的にやっている「かのように」見せる。このような様々な形のカムフラージュが、その後もずっと続きます。

 

芸娼妓解放令をきっかけにして、公娼廃止運動が日本で始まりました。その廃止運動の中で、公娼廃止の提案が可決されるところまでいきました。法律が作られたというのではなくて、提案が受け入れられたということです。提案が受け入れられた後、どういう法律にするのかということを作っていく間に、業者の廃業までに6年の猶予期間というのを作ったんですね。

 

そうすると、業者らによる存娼運動、公娼を廃止するな、廃止してはならないという運動と、それから県知事と業者の癒着が明らかになります。つまり、政治家と業者が癒着していたことがはっきりします。非常に激しいせめぎあいが繰り広げられて、結局、法律は作られませんでした。ということから始まって、次々とそういうことが繰り返し起こって。私たちが今やっていることを、実は戦前もやっているんですね。

 

そのときの有識者たちも、今のようなことを言っています。福沢諭吉「こんなありようを見られると、何かと世界で批判の的となるに違いないから、娼婦たちは西洋人の目のつかないところに集中させておけ」。つまり、今の売春防止法と同じです。「公に見えないようにしなさい」と。「なくしなさい」とは言いません。

 

それから、板垣退助。「もとより、自分は廃娼を希望するけれども、今は無理だ。だから、風俗上、隔離することが望ましい」。これもそうですね。「見えないようにしましょう」と言っています。

 

それから、大隈重信。「一時は、これを廃止することはできても、実質的に廃止するのは決してできないだろう」。そういう法律を作るという意識ですらありません。というふうに、政治家たちも今と同じようなことを言っています。しかし、それでも、これは廃止しなければならないという運動が起きていきます。

 

その中で、これはもうちょっと、ちゃんと調べなければならないんですが、今わかっているところでは、「売春」という言葉が、その時には使われてなかったんですけど、1906年に朝日新聞が「売春」という言葉を使ったということがわかっています。これが最初かどうかはまだ確認していません。

 

では、どうして「春」なのか。「春」という言葉はいくら調べても、中国語、つまり漢語の「春」という言葉に性愛の意味はありません。私の記憶でも、性愛のことを表現するには、雲と雨、「雲雨(うんむ)」って、そういう言葉を使うんですね。「春」を使う言葉はありません。遠まわしに言うことは小説かなんかの中であったかもしれませんが、「春」という文字の中にそういう意味がないんですよ。

どうしてこれを使ったのかというと、「売春」とは日本で発明された言葉です。ここにもカムフラージュがあります。つまり、「春」という言葉を使うことによって、美しいものであるかのように装うということです。

 

これは公娼制度のときから行われていることで、非常にきらびやかな遊郭を作るということとか、それからもっと前が、娼妓というのは芸能人をやっています。歌や踊りをやっているから、それでお金を払うけれども、実際には夜になると一緒に寝るというふうな、その両方の意味を持っているんですね。常にそのようなカムフラージュがされている。その背後には、業者と政治家がいるという構造が続いています。

 

しかし、運動が様々に行われて、矯風会という組織も作られていきます(1886年)。ところが、その後なんですが、そういう運動が盛んになってきた時に、貸座敷を経営している業者たちはたいへん危機感を覚えます。1935年、全国貸座敷連合会臨時大会で、業界が危機感をもってみんなで集まった。既得営業権を保護すべきだとか、社会の需要に応えて経済を盛り立てるべきだ。いまやっている議論と同じです。営業を守れと言っている弁護士が言っているのと同じことを、1935年に業界の人たちが言っています。

 

その結果、体裁のみの廃娼という案が出ました。見せかけで、やめた「かのように」すればいいという結論になりました。このとき、こういうことも言われました。「売春というのは、伝統ある社会制度である」。それから、「妻が夫に奉仕するのと、娘が親のために身売りするのと、どちらも日本女性の美徳だ」。これが戦前日本の常識なんです。それなのに、戦後のいまも常識なんです。それはおかしいですね。

 

戦後、日本というのは、日本国憲法をもって、人権というものがその中心に据えられました。だから、人権こそ、いちばん大事にしなきゃいけない、私たちの価値観。見せかけではない、公序良俗じゃなくて、人権がいちばん大事なんです。そこに焦点を合わせた法律でなければ意味がありません。ということを戦前からというか、もう九百年ぐらい、ずーっと、繰り返し、繰り返しやってきたことを、また繰り返すんだと思います。

 

もう、やめませんか。もうそろそろ、こんなこと繰り返すの、やめましょうよ。そうでなければ、これからの女性たち、これから生まれてくる子どもたち、どうやって生きていくんですか?貧しいとか、いろんな困難があったら、売春をすればいいと思うんでしょうか?自分たちの子どもとか孫とか、そういう人たちが、「困れば売春すればいいじゃないの」って、みなさん、思えますか? 

 

セックスワーク論というのがあります。そこでは働くのと同じだと言っています。働くのと同じだと思いますか?自分の家族が、「働くのと同じだから、私が売春婦になります、働きます」と言ったときに、「いいわね、それも」って言えますか? 

どういう暴力に晒されているか、病気に晒されているか。事実を知りましょう。もっと、現実を見ましょう。事実を知らない、現実を見ないで、ずっとこのような議論が、戦前から繰り返されているんです。それは何を隠しているのかと言ったらば、業者です。お金の流れです。そして、そのお金の流れの恩恵に預かっている権利者たちです。いまもおそらく同じことですから、そういうところを暴いていかなければなりません。

 

これは暴力の問題であると同時に、権力の問題です。お金を使った権力の問題です。お金を使った権力で、他者の、とくに女性たちの、性的な主体性を奪う、そういう行為なんです。いかにそれが悪質な行為であるか。人間として。そのことを私たちは、もういい加減に認識しなければならないと思います。そういうことを、法律を変えると同時に、法律が変わるような社会を作っていくことも大事だし、最初に言ったように、法律が変われば社会が変わるかもしれません。

 

そういう法律改正がなされるって思ったけれど、全然なされそうもない。ですから、同時に社会の常識を変えなきゃ。もうこんな発想してたらダメなんだ、人間としてダメなんだ、というふうに私たちが思うようにならなくちゃいけない。そういうことを、業者でこうやってお金儲けて、こうやって税金も入るしいいじゃないかっていう風に言っている人たちの、その人間性を問わなくちゃ、疑わなくちゃ、なんですね。

 

そういう社会をつくっていく必要がある。そういうことを、これからの教育の中にもちゃんと組み込んでいく必要があります。性教育をするっていうだけで大騒ぎになったりするって、かなりおかしいですよね。それはやっぱりカムフラージュなんです。性的な問題というのは現実の問題です。本当に自由な性関係というのは、これは隠すようなことではないです。それは、人間の自由。それから愛というものに基づいた、ふつうの人間の行動ですから私たちがそれを隠そうとするのは、なにか別のことがそこに付随するからなんですね。暴力、権力、そういうものです。権力関係がそこにあると、隠したくなるわけです。

 

もう、この辺までにしておきますが、もう一つの面を言えば、家族制度の中での男女の不平等ということが基本にあります。そういうようなことも、同時に捉えて、約一千年の歴史の中で、差別と暴力の問題として捉えていくということが、私たちにこれから必要になることだと思います。


■ご参加の皆様よりご挨拶(発言順)

日本共産党・仁比聡平参議院議員

日本共産党で法務委員会におります、弁護士の仁比聡平と申します。 先ほど仁藤さんから「路上の客待ちをどう取り締まるかという議論で終わらせてはならない」という発言がありました。ここが今の局面の重大な焦点だと思います。

 

これまで「風紀の問題だ」「道徳の問題だ」と言って、国家が処罰をする前提の枠組みでやってきましたが、違うでしょうと。 検討会に「灯火」の皆さんが出された意見書を読み、本当にそうだよねと思いました。「私たちは春など売っていません。売買の現場で起こっているのは見知らぬ人に体を差し出し、人格のないもののように扱われ、心身の苦痛に耐え続けることです」というこの現実、これこそが人権の問題です。お金を対価にして性的に利用するというのは、女性に対する支配であり人権侵害であり暴力なんだという、ここを出発点にした議論を市民社会のものにしていかなければなりません。

 

私たちはこの9月に韓国に行って、性売買をなくすための取り組みを学んできます。先日、自立支援法を所管している厚生労働省の部局に韓国の自活支援の取り組みを紹介してみたところ、言葉を失っていました。お隣の韓国ではこれほどの脱性売買支援がされているのかと、激しい差があります。 根本は、事柄を暴力の問題、人権侵害の問題として、政府と社会が捉えていくことだと思います。大きく運動を広げていきたいと思います。

立憲民主党・小島とも子参議院議員

皆さんこんばんは。先日仁藤さんが私のお部屋に来られて、この集会があるのでぜひ参加をしてほしいということで、三重県から今日のためにやってまいりました。

 

三重で、虐待や人権侵害を受けた人をどう救済するかという条例を、県会議員の時に作らせていただきました。今まで、大変な思いをした人にその解決の責任が押し付けられてきたと思いますが、この問題も同じだと今日聞かせていただいて改めて思いました。 

 

女性たちにこの問題を解決する責任はないんですよ。この問題を解決する責任は社会の側にあり、そして買う側にあり、そして法を改正する私たち国会議員にあるということを痛感させていただきました。

日本共産党・吉良よし子参議院議員

ご紹介いただきました日本共産党の参議院議員、ジェンダー平等委員会副責任者の吉良よし子です。 性売買について、やはり人権の問題なんだと学ぶことの重要性を感じています。

振り返ると私自身も、ちょうど1年前の9月なのですけれども、仁藤さんと一緒に新宿の夜の街ツアーということで、今の実態を見てきました。少女たちが首にプラカードを下げて「1時間いくら」「7時間いくら」ということを、実際今、この日本の東京の新宿において今もやっているという事実を目の当たりにして本当に苦しくなる思いでしたし、また、そのプラカードを掲げていなくて、ちょっと奥の方のホテル街では少女たちが立って、そしてそこに対して日本の大人たちが声をかけるような場面を見てまいりました。

 

日本が世界中から「買春天国」と思われている実態を変えていかなければなりません。そのためには、人間の尊厳や女性の人権を守ることを正面に据えた法改正が必要です。

 

検討会で言われている、風俗を守るという観点から路上での買う側を処罰するというのは、見た目を整えるためだけの結論であり、本質的な中身ではありません。

以前、フランスのモード・オリビエさんが「性売買というのはジェンダー平等とは絶対に両立しない」「女性が買われて男性が買うという構造がある限り、本質的なジェンダー平等は実現しない」とおっしゃっていました。 11人の尊厳が守られる社会を実現するためには、人権を真正面に据えて、本気でこの社会から性売買をなくしていく議論が必要です。

日本共産党・山添拓参議院議員

皆さんこんばんは。今日私もお声がけいただき参加させていただきました、本当に来てよかったなと思っています。


価値観を変えるべきだという、先ほどの仁比さんのお話も伺って、やはりもう全部ひっくり返さなくちゃいけないということだと思います。よく「買春を処罰すれば地下に潜る」ということが言われたりしますが、地下に潜るからという理由で、傷害罪や暴行罪を処罰するのをやめましょう、そういう風にはならないはずです。


権利の問題、尊厳の問題だということを考えれば、やはりその処罰をなくしていくという方向での法規制に本来はなるべきところだと思います。


そうでないのはなぜか。先ほど歴史的な経過も含めたお話も伺って、やはりそれは誰かの利益、買ったり売ったりさせることによって裏で儲ける誰かの利益を温存させるためという、そういう思惑が結果としては働いているということだと思います。そういう世の中でいいのかということが鋭く問われていて、やはり私たち今、まず訴えていることが大事だなと改めて思います。共に頑張りたいと思います。

社会民主党・福島みずほ参議院議員

皆さんこんばんは。ちょっと話を聞きながら、胸が本当に痛くなるという思いもしましたが、こういう集会を持っていただいてありがとうございます。



実態から考える人権と支援と法のあり方で、大先輩の角田さんがずっと女性の人権と、個人的・社会的法益ではないのだということをずっとおっしゃっていましたが、性暴力に関しては「同意がなければ犯罪が成立する」、まさに性に関することは社会的法益ではなくて個人の権利を侵害するのだと転換しました。だけれど売買春に関しては、売春防止法に関してはその転換が行われていないのですよね。


ですから、先ほどから繰り返しあるように、保護を見直して、やはり女性の人権、男性の人権の時もあるかもしれませんが、人間の人権と尊厳が侵されているのだということから、組み立てていく必要があると思います。一貫して角田さんは女性の人権、人間の尊厳でやってらっしゃいますが、どうやったらそれが本当にできるのかを考えたいと思います。



私は1980年代の88年から国会議員になるまで、日本キリスト教婦人矯風会「女性の家ヘルプ」のアドバイザー弁護士をやっていました。たくさん仲間と一緒に協力弁護士をしていました。その時に、アジアから人身売買で日本に連れてこられた女性たちが多数、全国から様々な国籍の女性が本当に命からがら逃げてきていたのですね。それの刑事告訴・告発やいろんなことをやるということを、弁護士としてやっていました。ですからその場合、いわゆる人身売買やいろんな構造の中で起きているということは思います。


少し前に、佐倉にある国立歴史民俗博物館で、そうした色々なことを取り上げる展示があって、私はものすごくショックを受けたのは、初めて客を取る時に(お客ってちょっと変ですが)、四つん這いになって「絶対に手でご飯を食べちゃいけなくて、ご飯を床で犬みたいに口で食べろ」と。犬みたいになったのだから、手で食べずに口で食べろという儀式をやるという展示があって、もうショックでした。



ですから私が言いたいのは、この社会が凄まじい女性差別や様々な差別の中で、性を提供する人たちを構造的に作り、そしてそういうものを必要としているにも関わらず、凄まじく差別をしてスティグマを与え、声を上げさせられないように、「自己責任」だとか、ものすごくその人が声を上げられないようにする仕組みを何百年とやってきたことを、やっぱり変えていきたいと思います。



法然さんに遊女の人たちが船で「法然さん、私たちは極楽浄土に行けるでしょうか?」と尋ねたと。彼は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えれば極楽に行けますよ」と言うけれど、みんな本当に自分が悪い人間でとんでもないことをやって浄土に行けないと思い込まされているわけです。だからそういうことを、本当に根底から変えたいと思っています。話を聞きながら、戦争中の性暴力、いわゆる「慰安婦」とされた女性の人たちのことや日本人の従軍慰安婦の人たちのこと、そういうことも思い出しました。



底から変えるのはとても大変ですが、でも少なくとも、人権・支援、それから保護法益、法のあり方を変えることで私たちはその実現に向かって進むことができるんじゃないかと思います。今日はどうもありがとうございます。 

平岡秀夫元法務大臣(護憲・リベラル・共生 幹事長)

平岡秀夫と申します。事前にColaboの意見書を読ませていただき、大変難しい問題だというのが率直な感想です。 性売買が暴力であるという話や、守るべきは人の尊厳や人権であるという点については私も全く異論はありません。


ただ、どうしても引っかかるのが、売春防止法第3条をどのように考えるかという点です。法律制定時には「罰則なしで売買春を禁止する」とし、当時の女性たちも含めてそれを認めていたという状況ですが、それが今も維持されるべきなのかどうなのかという点です。


試しに、性売買の問題を「人身売買」や「臓器売買」と同じような法律構成にすることについてAIに聞いてみました。AIの回答は、「1つの考え方として評価できるものの、自由な意思に基づいて性サービスを提供する人たちの自己決定権をどうするのかがしっかりと検討されなければならない」というものでした。 綺麗事ではない現実(実態)はよく分かりますが、純粋に考えた時にこの「自己決定権」の問題をどう提示できるかがはっきりしなければ、全体像が描けないのではないかというのが率直な印象です。

仁藤夢乃からの応答

平岡さん、ありがとうございました。今ご意見もいただきましたので、私たちの考えについて、少し説明したいなと思います。

まずね、AIに聞いてもダメです。当事者の話をちゃんと聞いてください。

日本の性売買の実態を国際会議などに行った時に、海外の人に見せようと思ってスマホで風俗店などのサイトを開こうとしても、海外では「開けません」という形で見えなくさせられているんですよ。風俗店で、女性たちがいかに商品として並べられているかとか、客がどんな口コミをここで書いているかというのを海外で見せようとしても、ページを開けないんです。なぜ日本のAIがそういうことを学んでいるかと言ったら、やはり日本社会ではそういうものがあふれかえっており、女性をそうやって性的に消費することが、当たり前のことのようになってしまっているからなんです。もしこれがフランスのAIであれば、そんな回答はしないのではないでしょうか。

Colaboの意見書にも書いていますが、私たちは「膣性交」だけに限定されている現在の「売春の定義」を見直すべきだと考えています。 制定当時、なぜ膣性交だけに限定されたのかというと、妊娠することだけを「貞操観念を壊すこと」と捉える女性差別的な発想の名残りがあったからです。

しかし、挿入がなかったとしても、あらゆる形で女性たちは性的に搾取されており、入れた時の苦痛と入れずにされた時の苦痛に違いはありません。そもそも、お金を持っている人たちに買われるということ自体に暴力性があり、それが個人の対等な、お金と性を交換するそういう取引ではないと私たちは思っています。やはりジェンダーの不平等、また経済的・社会的な格差の中で、より力を持つ側がお金を払うことで他者の身体を性的に利用する行為、またそれによって5兆円もの利益を得ている巨大な産業(性風俗店)、そこに215万人の女性がいるという現実を見て、やはり「性を売らなければ生きられない社会」ではなくて「誰もが性を売らなくても生きられる社会」の実現に、ぜひ「護憲リベラル共生」のみなさんにもお力添えいただきたいです。よろしくお願いします。

平岡秀夫元法務大臣からの応答

現実の実態は私もそれなりに勉強してきたつもりですし、仁藤さんが言われることもよく分かります。 ですから、法益を人権にすべきだということには賛同しますが、トータルに見た時には私が指摘したような問題もしっかり頭に置いた上で、全体像を示していかなければならないということです。

仁藤夢乃からの応答

検討会では「業界が困る、業界の影響」が議論されていますが、やはり個人の尊厳、人々の人権に重きを置いて法改正を求めるべきです。 例え「自発的にやった」と思われる人であっても、先ほどもご説明差し上げたように当たり前にそう選択するように社会が誘導している現状があります。その人が「抜け出したい」と思ったときに抜け出せるだけの社会保障、選択肢を社会の側が用意する、処罰ではなく支援をしていくべきです。

これが「リベラル」の現実だと思いますので、ここから始めなければならないということを再認識いたしました。

立憲民主党・塩村あやか参議院議員(ご欠席・メッセージ代読)

登壇者の皆様、そしてColaboの皆様が、日本の性売買の実態と真摯に向き合い、当事者に寄り添った議論の場を作って来られたことに、心より敬意を表します。


私はこれまで国会において売春防止法の改正を強く政府に求めてきました。何より大切なのは、性を売る側を処罰することではなく、困難な状況に置かれた当事者に必要な支援をどう届けるか、そして性を買う側の責任をどう社会全体で問い直していくかだと考えます。処罰を恐れて声を上げられない人がいる現状を変えていかなければなりません。


本日の集会でのご議論が、必要な法制度の実現へとつながる大きな一歩となりますことを心より願い、私からのメッセージとさせていただきます。

■閉会挨拶

仁藤夢乃

今日は会場に参加してくださった方が113名、国会議員の方も5名、また元国会議員の方も4名、そして国会議員秘書の方が14名、参加してくださいました。また30近いメディアの方にもお越しいただきまして、ぜひこの問題を(報道も本当に少ないですね、検討会はそもそも非公開で行われていますので)、報じていただければと思います。やはり当事者の声も聞いて欲しいということをずっと求めていますので、ぜひ今後も引き続き関心を寄せていただけたらと思っています。

 

今日は支援の現場、そして法律、また性売買を経験した当事者や歴史から見て、その社会のあり方をこれからどうしていくのかということを私たちは共有できたと思っています。性売買というのは差別と暴力の問題なのですね。この性売買を生み出している構造そのものに、社会と法律がどう向き合うのかということが今問われていると思っています。私たちは買うことそのものをやはり人権侵害だと思っておりまして、ジェンダーに基づく暴力だという風に、世界ではそういう認識の元に法整備が行われていますから、日本もそうした観点に立つところから法律を組み直す必要があると思います。

 

売春防止法が制定されて今70年です。今されている議論というのは、路上からどうやって売る女性を見えなくするのか。昔の人たちも同じことを言っていたのだとすごく驚いたし、しかも個人事業として扱うのも今の性風俗店も同じ手口を使っていて、もう長年それが温存されてきているわけですね。ですから、誰を取り締まるかではなく、誰の人権を守るのか、そして誰を支援につなぐのかを国が選ぶという話ではなくて、誰もが性を売らなくても生きていける社会を作る、そのための法改正を私たちは求めたいと思います。

 

まだまだ世の中には「売る女性も好きでやっているんじゃないか」とか「そういう体を売る選択肢を残すべきだ、それが女性の保護になる」といった発言があり、検討会でも実際に本当にあります。性売買というのはセーフティーネットではなく、「偽のネット」です。それ以外の選択肢があればそうではない道を歩けるということは、他国の支援のある国の女性たちが見せてくれています。

 

この前私も韓国に行った時に、10年前に10代だった女の子と再会をしたのですね。その子は前に日本に来て一緒にシンポジウムをやった時に、Colaboのシェルターにホームステイをしてくれました。その子が10年後、大人になって会いに来てくれて、「韓国で今、女性人権団体で働いています」と言っていたのです。その時、それは嬉しかったけれど、私は少し苦しい気持ちになりました。

 

なぜかと言うと、10年前に彼女をホームステイする側として受け入れた時にいた日本の少女たちは、その後もやはり色々妊娠したり出産したり、それでも支援がなかったり、親が頼れない、家族もなくて学校に行けなくてアルバイトしても苦しくて、精神疾患もあるけれど医療にかかるにも自分でお金を払わなきゃいけなくてとか、本当に大変な困難があって、まだまだすごく辛い状況にいるからです。支配や暴力から逃れて自分の人生を生きていくのだというところまで行くのは、10年あっても日本では難しいわけですね。

 

やっぱりそれは、きちんとした脱性売買のための支援がないからです。韓国では医療や法的支援、相談、カウンセリングとは別で、シェルターとも別で、4年間自活に向けて月15万円ほどをもらいながら、脱性売買のための練習ができるのですね。キムチを作ったり味噌を作ったり、朝起きるところから始まって、ひらがなの勉強みたいなものも英語の勉強もあるし、色んなやりたいことに挑戦したり、普通のお店でインターンシップで就労するようなこともできます。そういうことを15万円くらい毎月もらいながら4年間、そしてさらに夜の時間に通信制の専門学校や社会福祉士の資格を取る学校の学費も出してもらえるということで、そういうものを利用してたくさんの女性が脱性売買をしています。

 

灯火の発表でもありましたが、日本では性売買から抜け出すために体で売ってお金を貯めて学校に行かなければいけない。その現実を海外の当事者たちに伝えると、「じゃあどうやって日本で脱性売買すればいいの?」とみんな唖然とするのですね。その現状を変えなければならない。そうすれば、今性売買のなかにいる女性たちも「それしかない状況」から、それ以外の様々な生き方ができる社会になっていくと思うんです。そのために私たちは引き続き皆さんと一緒に声をあげていきたいと思っています。

 

今日は緊急の集会であったにも関わらず、これだけたくさんの方に参加していただきまして、本当に心強く思っています。ありがとうございました。

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