コラム
女性人権センター

Colaboでは今、「女性人権センター」建設を目指してご寄付の呼びかけをしています。
この対談では、趣旨に賛同する「1000人委員会」のメンバーとColabo代表の仁藤が、「なぜ今、女性人権センターが必要なのか」をテーマに、性差別の現状を見つめます。
第6回のゲスト、角田由紀子さんとの対談の中編です。
仁藤:角田さんが弁護士になってからセクハラ訴訟をやるまで14、5年あると思うんですけど、その間は性暴力の事件というのはあまりなかったんですか?
角田:なかったわけじゃないけどね。被害者がものを言うということがない時代だったから。1987年だったと思うんだけど、東京強姦救援センターの手伝いをするようになったのね。センターがお金がなくて潰れそうっていう朝日新聞の記事を見て、カンパしたんだよ。そしたらセンターのスタッフの人が来て、センターの弁護士をやってくれませんかという話になって、その時初めて性暴力という問題を知ったわけ。
センターに相談の電話がかかってくると、かけてきた人の中で法的に対応してほしいという人が、法律アドバイザーである私のところに回されてくる。そこで初めて実際の被害者に会いました。それが私の人生を変えたというか、方向付けたというふうに思う。
仁藤:その裁判の中でも、警察に行っても、男ばかり。事件化してもその後民事でやっても、裁判官も男の人ばかり。
角田:もちろんそうよ。
仁藤:その影響について、性暴力の事件をやる中でどうに感じてきましたか?
角田:まず男たちだけでは、現場で何が起きているかをほとんど理解できないということ。私が強姦救援センターから頼まれて最初にやった強姦被害者の事件は、途中でセンターの弁護士が変わったのね。依頼者と男性弁護士の間でいろいろ行き違いがあって、途中から引き継いだんだけど。加害者は最初、強姦を否定していて、同意があったと主張していた。だから私が、「同意があったと言うんだったら、いつどこでどういうセリフであんたは同意をとったの、ちょっと言ってごらん」と言った。そしたら、そんなこと言ってないから流石に嘘をつけなくて「強姦をしました」と被告が認めたの。
認めたんだけども、被告が言ってくるには、「でもあんたがちゃんと注意してないからそんなことになったんだよ」と。強姦したことを認めたけれども、「そうなったのはあんた(=被害者の女性。依頼者)がちゃんと強姦されないように注意してないからそうなったんだ、だからあんたが悪いんだ」ってわけね。すごいでしょ。こんなことを平気で言えていた時代なんですね。
それで私、あきれ返って、「男はみんな狼よ」という歌を思い出したの。被告が言っているのは、「男は強姦する生き物なんだから、女の人は強姦されないように注意しなきゃいけないんだ、注意しなかったお前が悪いんだよ」っていうこと。だから、強姦は認めたけども、「あんたの不注意でこんなことになったんだから、慰謝料を100万円払うべきだったとしても30万か40万でいいよね」という話なの。それで、私はそんな馬鹿な話ないって思って準備書面に書いた。
「被告の言い分は、男は強姦する生き物だということを前提にした話だけど、そんな屈辱的なことをあなた方は認めるわけですね。」って。だってもしそうでなかったら、そんな話成り立たないでしょう。男は男であるがゆえに強姦して当たり前だって、そんなことはあるわけない。だから、被害を受けた女性に不注意なんてあり得ないじゃないかって、すごく怒り狂って準備書面を書いたわけ。裁判所は私の言い分を認めてくれた。つまり、こちらに不注意はないって。でもそれは、あの時代としては画期的なことだった。裁判官は男性だったけど、さすがに「男はそもそも強姦する生き物だ」っていうのは、彼も認められなかったのね。
仁藤:でも、今でも「男は狼」「男はそういうものだからしょうがない」っていう風に女たちはみんな思い込まされています。
角田:民法の不法行為に関する法律で被害者の側に落ち度があったらその分損害賠償金を差し引いていいよって規定があるの。それで裁判のときに被害者のあら探しをするわけ。たとえばセクハラ事件だと、上司である加害者の家に部下の女性が夜遅くまでいたら、加害者が「あんたが不注意だった」と言うわけよ。そしたら裁判所が「それはそうね」と認めるんですよ。上下関係があるのにおかしいよね。
仁藤:今でも男性が「家に来たらそれは性的同意でしょ」と勘違いすることが続いています。
角田:さっきの私が最初にやった事件、女性の側(被害者)に注意義務はないということをはっきり言ってくれた事件は、実は彼女の自宅で起きているの。被害者にとって加害者は全然知らない人だったんだけど、友達の男性の知り合いだったので、3人で一緒に外でお酒を飲んでいた。
そうしたら加害者になったほうの男が泥酔して家に帰れなくなったのね。それで彼女が自分の家が近かったから、自分の家に友達と一緒に泊めてあげたの。そしたらその夜中、寝てるはずの男から強姦された。加害者は、案の定「一人暮らしの女性が自分の家に男を泊めて強姦されたなんて、お前の不注意じゃないのか」って言った。
でもそれは、彼女の友人の男性も一緒だから大丈夫だと思って、善意で泊めたんですよね。それと、その加害者があまりにも泥酔して、そこに放り出していけなくなったので、一番近かった自分の家に仕方なく連れて行っただけの話。
仁藤:気をつけたところで、狙われたら敵わないような力の差や状況があるし、加害者たちはそういう状況や女性の親切心や善意につけ込んで狙ってやっているわけですよね。
私もついつい少女たちと街で会った時に、「変な男も多いから気をつけてね」とか言っちゃって、「あ!」って思うことがあります。少女たちを狙う男たちで溢れているから、つい「気をつけてね」って言っちゃう。でもそういう声かけ一つで、彼女たちが被害にあったときに、「気をつけてなかった自分が悪いんだ」って、そう思わされていくことはすごくあるなと、改めて思いました。
角田:強姦罪の解釈では、「被害者に落ち度がある」という議論が昔からずっとある。例えば刑事事件の法廷でも、被害者の態度は責められる。「あんたちゃんと注意したのか」というようなことを言われる。それは裁判だけじゃなくて捜査の時からそう。「どれだけあなたが注意したか」って間違った方向で聞かれる。社会全体が、「被害者が注意しなきゃいけないんだ」「注意してなかったら被害者に落ち度があったんだ」って被害者落度論で凝り固まっているのが問題です。なかなか難しいんだけど、例えば私がさっき言った民事事件の法廷みたいに、正面切って議論したら裁判官だって被害者に落ち度があるとは言えないわけよ。
仁藤:被害者自身もそういう被害者落度論を内面化している?
角田:もちろん内面化している。なぜなら社会全体がそう思ってるから。だから自分が被害にあった時に最初に思うのは「私が気をつけておけば良かった」ということ。「私に足りないところがあったんじゃないか」と、自分のことを振り返ってみる。みんなそういうふうに、本当に内面化させられているの。
仁藤:すごく分かります。私も、選挙のときに参政党の街宣で暴行された時、「自分は絶対やってない」とわかっているのに、被害届を出されたくない警察から「君も自分から向かっていったんじゃないの?」みたいなことを言われると、「そんな風に見えたのかな」「私何かよくなかったのかな」って思っちゃって。
角田:それはすごい社会的な圧力。
仁藤:そういう被害者は、法廷で「被害者は悪くない」と闘ってくれる角田さんがいたり、裁判官がそれを認定してくれたりして、変わっていくんですか?
角田:変わってきたと思います。ただ、さっきの事件に関しては、被害者ははじめから自分が悪いと思ってなかった。私は親切で、やむなく泊めてあげたと思っているわけよ。だからものすごく向こうの言い分に腹を立ててるわけ。その言い分に対して、どういうふうに切り返すかということが私の仕事になってくる。
仁藤:そうやって女性たちが諦めないで闘ってきたことで、少しずつはマシになってきたんでしょうか。
角田:今の状況はそうだと思いますね。強姦救援センターも「あきらめない女たちへ」という基金を作りました。そして裁判をする被害者の女性に、弁護士費用を1件20万ぐらい貸し出して、まだ法テラスなんかない時代に、女の人たちで諦めないで闘おうとやっていた。この基金は最近でも他のセクシュアルハラスメント事件や、あるいは性暴力事件で活用されていますよ。
仁藤:最初にセクハラ訴訟があったときってセクハラって言葉もなかった時代だと思うんですけど、その訴訟はどんな訴訟だったんですか?
角田:1989年に福岡地裁へ提訴したんだけど、小さな福岡の出版社に勤めてた女性が原告でした。今は晴野さんって自分で名前を出して活動してるんだけど、当時は原告A子さんだった。小さな出版社の中で彼女は編集部員だったんだけど、その編集長の男から言葉のハラスメントをいろいろ受けてたわけ。例えば、当時は5時過ぎに女が外で酒を飲むこと自体が非難の対象だったの。「女のくせに外で酒飲んでる」とか。彼女が婦人科系の病気になった時には、編集長は外部の人へ電話するとき「あいつは日頃の行いが悪いからこんな病気になったんだ」というわけ。その手のことがいっぱいあった。
それで、この人はしっかりしているから、いろいろ編集長に食ってかかるわけね。そしたらそれが面倒だから、編集長が彼女にやめてほしいと言い出す。ということで、辞めるつもりはなかったんだけど、結局辞める羽目に陥って、辞めた後でやっぱりおかしいということで裁判を起こした。
民事裁判をする前に、福岡近くの簡易裁判所で民事調停を起こしたんです。民事調停って調停委員が男と女一人ずついるのね。そこに行った時に60歳ぐらいだった女性の調停員がこう言ったんです。「あなたね、女ってそういう風に言われる内が華なのよ」って。そんなんだから、調停は第1回で不成立になりました。彼女は侮辱されたと思っているのに「そんなの侮辱でなくてあなたが魅力ある証拠なのよ、だから怒るんじゃなく喜ぶべきだ」という調停員の態度。納得いくわけがない。
仁藤:そういう社会の中で「これはセクシュアルハラスメントだ」と女性たちが言いだしたら、それに対する男たちの反発はどうでしたか?
角田:それはいっぱいあった。今と同じ。何も変わってない。
仁藤:どんなことがあったんですか?
角田:それはもちろん、「相手がいいと言った」とか、そういうことから始まっていろいろある。
仁藤: だからその時、晴野さんはA子さんとしてしか名乗れなかった?
角田:そうよ。名乗ったらどんな目にあっただろうかと思うの。法廷の廊下の表に「この事件は何時から何時まで」とスケジュール表みたいなものが貼ってあるんだけど、あそこに普通は原告誰々、被告誰々、と名前が出るのね。それで、私たち弁護団は、裁判所と交渉して原告の名前を表に出さないように取り決めをした。名前を出さないっていうのは、あの事件が初めてなんですよ。今は名前を出さないでくれと言ったら当たり前に出さないという運用になっているんだけど、それまでは誰もが普通に出されていた。
仁藤:そこも女性たちが闘って実現していったんですね。
角田:そうです。あれって、民事訴訟法に基づいてやっていることではなくて、傍聴する人へのサービスなの。だからあそこに名前を書かなきゃいけないということはないわけ。書く必要ないんだから書かなくていいでしょうと。それから、法廷の中でも原告の名前を呼ばないとか取り決めをして、裁判をやった。
仁藤:今でも性暴力の被害者やそういう人たちが声を上げられない、名前を出せないのは、その人たちが恥ずかしいことをしたからではなくて、社会があまりにも安全ではないからだと思って活動しています。
角田:女性本人が恥ずかしいことをしたと思い込んでいる力もすごく大きい。お前のやったことは恥ずかしいことなんだ、「お前を恥じよ」という圧力もすごくあると思う。
仁藤:今、Colaboは2022年の夏以降、特にひどい妨害を受けています。でもこのような妨害は、私が生まれるもっと前から、ずっとあったことなんですよね。
角田:はい、確立していました。強姦罪の刑法の規定って1907年にできているでしょう。だから100年以上、性暴力の犯罪は「貞操のため」に処罰されるという考えでやってきた。貞操ってどういう意味かって刑法の教科書に書いてないんだけど、要するに家父長制の社会の中で男に都合のいい性的な秩序を貞操っていうんです。
女性が夫以外の人と性的な関係を持つということは許されない。そういうことをしたら、妻の産む子が誰のものか分からなくなって「俺が困る」って話。だから強姦罪って被害を受けた女性の人権の問題ではなかったの。
仁藤:強姦罪は男の権利を守るために生まれたんですね。
角田:そうよ。1907年、女の人権も人の人権も保障されてない、家父長制の社会でできた法律なんだから。被害者の権利や尊厳を守るって言葉も考えもないわけ。考えがないから言葉がないんだけどね。強姦罪が1907年にできて以来、ずっとそれが正しいものだとして、誰も疑わないまま社会の常識ができてきた。男に「狼になるな」と言うのではなく、女に「あんたが気をつけなきゃいけない」って、全部女に押し付けてきた。
仁藤:男に対して「狼」にならないための説教とか教育なんて今でも全然行われてないですし、刑法が改正されてから100年以上、そういう価値観の中で私たちは生きてきて、司法もそういう判断をしてきた。植えつけられている意識が本当に根深い。
角田:ものすごく根深いよね。法律が変わったからって、そう簡単に変わるもんじゃないのよ。例えば独占禁止法みたいなテクニカルなことをやっている法律だったら、法律が変わった翌日には手続きが「こういうふうになりました」ってなるけど、例えば刑法の強姦罪不同意性交罪が「何を守るためにあるのか」という理解はものすごく変わりにくいの。
そしてもう一つは、日本の政府って、「不同意性交罪になりました、こういうふうに考えを変える必要があります」という周知教育をしないのね。本当は「法律が変わりました」と法務省のホームページか何かに出すだけでは不十分、積極的に周知して変えていかなきゃいけないのに。
仁藤:そうですね。だって刑法改正の後に警察がそのことを全然わかっていなくて、少女を連れて相談に行っても違う説明をされたことがありました。
角田:スウェーデンには被害者庁という役所があって、法律が変わった時に国民に周知徹底し教育していく役目を持っているの。スウェーデンだったら「Yes means Yes」ということで、本当に真摯な同意がない限りそれは犯罪になるんですよ。そういうふうに法律変えてきたわけね。
仁藤:日本もそんな状況を変えていかないといけないと思っています。
私は名前を出したまま裁判をやっていますけど、そうするとネタとして傍聴に面白がってくる人たちがいるんですよね。女がいじめられてるところを楽しむために裁判に傍聴に来る人。
でもここまでのお話を伺うと、Colaboが受けてきた攻撃って別に新しい問題として出てきたというよりも、伝統的にやられてきたことなんですね。
角田: この社会の伝統でございます。今始まった話じゃない。年季の入っている誤解ですよ。誤解というか、悪意ある解釈。
仁藤:角田さんは、今、改めて声を上げる女性に対して攻撃が強まっているこの状況をどう思っていますか?
角田:強まってますね。でも攻撃しなくてもいいような、目もくれないような存在だったら攻撃は起きないの。だから、攻撃されるということは嬉しいことではないんだけど、攻撃しなければいけない目障りな存在であるわけ、私たちが。
仁藤:まだそんなに大したことやってないのになって思うんです、自分的には。
角田:だけど、敵から見ると大したことなんだよ。だから「仁藤を潰さなきゃいけない」という話になる。
仁藤:性搾取の中にいる少女たちとつながって性売買業者から逃げられるようにしたり、少女たちが自分の被害に気づいて痛みを言葉にして、何が問題なのかというのを社会に訴えたり。少女たちが「自分で自分の人生を歩いていけるようになってしまうこと」への抵抗なんですかね。
角田:彼らにとって、それはとんでもないことなのよ。女性がそういうふうに進化していくということがね。餌食がどんどん逃げていくわけだから。ああいう男たちって、まるで自分たちが買春権、女性をそういうふうに扱う権利を持っているかのように思っているでしょう。だから彼らの餌食を逃したり手を触れないようにしたりするのは許せないわけ。
仁藤:そういうことですよね。Colaboが攻撃されて、「いいことをやってるはずなのに、こんなに非難されるのはおかしい。本当は何か裏があるんじゃない?」と、表面的に思ってしまう一般の人ってたくさんいたと思うんです。でもそういうことではなくて、私たちは前からずっと、声をあげるたびに攻撃をされている。例えばJKビジネスの実態を、少女たちに協力してもらって「女子高生の裏社会」(2014年)という本にまとめたときも、「私たちは『買われた』展」(2016年)で児童買春の実態を伝えたときも、「性搾取や性売買、そこで女の子がひどい目にあってるのおかしいよね、これは大人の責任だよね」って世の中が言い始めたときに、すごく攻撃があった。
角田:それはそう。買う側にとってはとんでもない話じゃない?だから、絶対に叩き潰さなきゃいけないわけ。
仁藤:少女たちが性虐待されていたり、加害者のもとから逃げてきたり、性売買業者に囲われて管理売春されていてそこから逃げて安全が保てるようにしたり……、いろんな活動をしている中でも性売買業者からの脅しをずっと受けてきています。でも今受けている攻撃ってそれとは少し違って、一般の買春男性みたいな、普通にその辺にいる男社会からの反発というのをすごく感じています。
角田:普通の男性にとっても、女の子とか女の人が「自分が好きなように性的に虐待してもいい対象」になってしまっている。今までそのことは刑法にでも当たらない限り、あるいは当たってもバレない限り、犯罪として指摘されなかったでしょう。だからそのせいで、「女の子をどういうふうにしようと俺の勝手、俺の権利だ。」と考えるようになったんだと私は思う。
仁藤:今でも、若い人も含めて日本の男たちがタイやフィリピンに買春に行くことがあるし、新宿歌舞伎町の大久保公園周辺では少女を含めた女性たちを日本中の男たちが買いに来ている。日本社会ではずっと昔から、社員旅行として買春するみたいなことをやってきた。
角田:そうです。買春するということが男にとってごく普通の行動だったのね。これをよく表しているのが、1990年代、エイズが問題になった時に作られた啓発ポスター。エイズ予防財団が作ったポスターなんだけど。
パスポートを持って、海外に行く人に対して「行ってらっしゃい。エイズに気をつけて。」って。これは何を言っているかというと、要するに買春することはOKです、でもその時エイズをもらってこないようにしてねって、そういうポスターなんですよ。これを見た時みんなで怒ったけど、これをいわば公的なところが作ってたわけよ。海外で買春をすることを前提にした、そういう男に向けてのメッセージ。すごい国だと思ったのね。それをおかしいとも恥ずかしいとも思わずに作る男性たち。
海外で買春するというのは、男にとって珍しい話じゃないの。私の知っている弁護士で、仕事柄よく海外に行く男性がいて。私の夫も海外によく行くんだけど、その人が私の夫に向かって、「角田さんはなんでしょっちゅうアメリカ行くのに女を買わないの」って言ったの。
仁藤:男の中ではそんな話はもう当たり前にあるということですよね。その時にどういう風に反応したんですか?
角田:「そんなことするわけないじゃん!」って言ったんじゃないの?学歴とか関係なく、かなり広範囲の男性にとって「女を買う」というのは当たり前で、しかも日本だったらやばいかもしれないけど海外だったらいいやって思ってる。男性たちにとって共通の、ある種の常識だったと思いますよ。
社会からの攻撃・妨害に屈しないための女性運動の拠点「女性人権センター」を建設します。
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